LedZeppelin(レッドツェッペリン)

イギリスのロックバンド。人気・実力共に1970年代を代表する世界的なロックバンドである。

ジミー・ペイジ (Jimmy Page)


■ジミー・ペイジ (Jimmy Page)

バンドのリーダーであり、ヤードバーズ歴代の3大ギタリストの一人。楽曲、ビジュアル面も含めたプロデュース能力に秀で、ツェッペリン全アルバムのプロデューサーでもある。キャリアの中期以降テクニカルな演奏能力の面では酷評されることも多いが、曲の印象を決定づけるリフの作成能力、曲想と調和したメロディアスなソロ演奏能力の面では高く評価される。

1980年代はポール・ロジャースと共にザ・ファームを結成。その後、カヴァデール・ペイジ、ジミー・ペイジ&ブラック・クロウズなど様々なプロジェクトに参加するが、現在ではギタリストとしての活躍は少なく、過去の未発表音源のリリースやアルバムのリマスタリング作業にあたるなど、ツェッペリンの業績を良好な形で現代に伝える、ツェッペリンの守り手としての活動が主である。


<演奏スタイル>
ペイジのギタープレイはブリティッシュ・フォークやカントリーに影響を受けつつも、基本的にはブルースを基本としたものである(繰り返し爪弾かれる短いフレーズは、1920年代に活躍したブルースマン、トミー・ジョンソンのフレーズを参考としている。1996年BBCドキュメンタリー『ギタリストの時代』におけるインタビューより)。アコースティック・ギターの技術の高さ、セッションマン時代を通して培われたギタープレイの幅の広さには定評がある。


<使用楽器・特殊奏法>
ペイジのサウンド追求に対する情熱は素晴らしく、使用楽器・特殊奏法の多さで知られている。 代表的なものとしては、間奏中のテルミンを使ったパフォーマンス、ギターをヴァイオリンの弓で弾くボウイング奏法、ボトルネックを使用したスライド・ギター、ペダル・スティール・ギター、またペイジの弓弾きをヒントに開発された補助楽器ギズモ・トロン(弦をモーターにより回転する6つのプラスチックの円盤でこする構造になっている)の使用、など。 また、アイリッシュ・トラッドのギタリストが好んで使うオープン・チューニングの愛用者としても知られており、オープンD、オープンG、オープンC6、そして最も有名なものに「カシミール」などで使用された6弦からDADGADとチューニングする変則チューニングがある。




レッド・ツェッペリン I(Led Zeppelin|)


■レッド・ツェッペリン I(Led Zeppelin|)1969年1月12日発売

<録音>
スカンディナヴィア・ツアーの間に楽曲のすり合せは充分できていたため、このアルバムはわずか9日間、36時間のスタジオ・ワークで完成してしまった。総制作費用は1,782ポンド(推定)。

一般にレッド・ツェッペリンはハード・ロックを定義するバンドと目され、時にはヘヴィ・メタルの先蹤と見なされることもあるが、このアルバムを聴けば直ちに納得できる通り、彼らの音作りは間隙を生かした空間感覚の演出に特徴があり、HM/HRの「目一杯に音を詰め込む」という方法論とはむしろ対極に位置する。その空間感覚を生かすため、このアルバムは最初からステレオ版だけがリリースされた(1960年代末にはまだモノラル版のアルバムも珍しくなかった)。


<ジャケット>
表ジャケットには燃え落ちるツェッペリン飛行船ヒンデンブルク号がモノクロで印刷されている。通説では「Led Zeppelin(Lead Zeppelin、鉛の飛行船)」というバンド名はキース・ムーンが考案したものと言われるが、ジョン・エントウィッスルはバンド名(Lead Zeppelin)もジャケット・アートも元々自分のアイデアであると主張した(ペイジとムーン、エントウィッスルで結成する筈だった新バンドのアイデアだったとしている。)これに対してペイジは、ジャケットは自分たちで考えたもの、バンド名はキース・ムーンから聞いたものだが、元来エントウィッスルが考えたものがムーン経由で伝わったのかもしれず、だとしたらエントウィッスルのクレームも納得できる、と述べている。裏ジャケットにはメンバー四人の写真が使われているが、この写真はクリス・ドレヤが撮影したものである。


<収録曲>
(LPレコードの表記をもととする)
Side A
1. グッド・タイムズ・バッド・タイムズ (Good Times Bad Times / Page, Jones & Bonham)
2. ゴナ・リーヴ・ユー (Babe I'm Gonna Leave You / Trad-arr.by Jimmy Page)
3. ユー・シュック・ミー (You Shook Me / Willie Dixon)
4. 幻惑されて (Dazed And Confused / Jimmy Page)

Side B
1. 時が来たりて (Your Time Is Gonna Come / Page & Jones)
2. ブラック・マウンテン・サイド (Black Mountain Side / Jimmy Page)
3. コミュニケイション・ブレイクダウン (Communication Breakdown / Page, Jones & Bonham)
4. 君から離れられない (I Can't Quit You Baby / Willie Dixon)
5. ハウ・メニー・モア・タイムズ (How Many More Times / Page, Jones & Bonham)



バンド名の由来



1966年5月16日、ジェフ・ベックのソロ・シングルの録音のためジェフとジミー・ペイジ(ギター)、ジョン・ポール・ジョーンズ(ベース)、ニッキー・ホプキンス(ピアノ)、キース・ムーン(ドラムス、ザ・フー)の5人によるセッションが行われる。このセッションは非常に充実したもので、5人中4人はパーマネントなバンドとしての活動を希望したが、ジョーンズが乗り気でなかったことと、いいシンガーが見つからなかったことを理由にその計画は頓挫する。その時にムーンが「もしも俺たちが今いるバンドを辞めたら、きっと向こうは鉛の風船みたいに急降下だろうぜ、いや、鉛の飛行船(lead zeppelin)かな?」と発言したことによる。「going like lead Zeppelin」はムーンの口癖であったという。

また、デンマーク公演の最中にツェッペリン飛行船の開発者の子孫であるエヴァ・フォン・ツェッペリン女史に、ファミリーネームの無断使用で訴えられかけて一時「THE NOBS(ザ・ノブス)」(=紳士たち、または陰茎の隠語)と名乗っていたこともあった。エヴァは法廷で「金切り声を上げて飛び回る猿どもに、当家の栄誉ある名前を名乗らせるわけには参りません」と宣言したと言う。


概要



1970年代、世界的な人気を誇ったロックバンドである。日本においてもデビュー後すぐにスーパースターとなり、1971年の初来日公演は日本の音楽史上に残る伝説となった。

1960年代中頃、イギリスの若いミュージシャンの間では、本国アメリカでは忘れられていたブルーズがブームとなっていたが、それをさらにドラマティックにした彼らは後の世代にハードロックと言われる音楽を世界中に知らしめた。また彼らの楽曲にはアコースティックナンバーも多く、ブリティッシュ・トラッド、フォークから中近東音楽に渡る幅広い音楽性を持ち、1960年代のビートルズとはまた違った方法論でロックの限界を押し広げた。

『レッド・ツェッペリン I』でデビューした彼らは音楽シーンに衝撃を与えると同時に広い人気を得たが、オフステージでの乱痴気騒ぎは酒池肉林を地で行く激しさで、プレスの眉をひそめさせた。また新人としては破格の、アルバム5枚で20万ドルというレコード会社との契約金は、ヒッピー文化の色濃い当時にそぐわぬ華々しさであり、その素行などは常にマスメディアからの攻撃の的であった。またテレビでの演奏を拒否し、プレスに対し辛辣な態度を取るツェッペリンにマスメディアの大勢は、熱狂する聴衆と市場に反してバンドの解散まで酷評し続けていた。

この様に、常にマスメディアと距離を置き、最初期を除きテレビでは殆ど演奏しなかったが、小さなクラブや大学のステージでの歌と演奏の凄まじさが口コミで伝わり、人気を獲得していった結果、アルバムセールスや観客動員数では大きな記録を残した。現代においてもツェッペリンのアルバムはアメリカだけでも年に100万枚以上を販売する実績を誇り、通算では1億枚を超える。こうした実績は、エルヴィス・プレスリーやビートルズ に匹敵するものである。なお、全世界でのアルバムセールスの累計は現在のところ3億枚を突破している。

デビュー当時、アルバムは若者にとってまだまだ高価であったため、先ずはシングルを出し、それをラジオやテレビで流した上でレコードを買ってもらうのが普通であったが、彼らが本国イギリスで発売したシングルは「胸いっぱいの愛を」と「トランプルド・アンダー・フット」の2枚のみである(しかも「胸いっぱいの愛を」においてはイギリスではシングル発売直後、さしたる理由も発表なく回収されている)。 また、海賊盤CDやブートレッグ・ビデオなど、非公式に販売されている音源の種類も世界最多と言われている。 1995年には「ロックの殿堂」入りを果たし、2004年には日本ゴールドディスク大賞を受賞[2]。2005年にはグラミー賞(功労賞)を受賞。2006年にはUKミュージックの殿堂「UK Music Hall Of Fame」入りを果たしている。